東京地方裁判所 平成7年(ワ)17220号 判決 1997年2月03日
原告
池内克予
右訴訟代理人弁護士
大森秀昭
同
片岡義貴
同
君和田伸仁
被告
朝日生命保険相互会社
右代表者代表取締役
若原泰之
右訴訟代理人弁護士
茅根煕和
同
春原誠
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金三五〇〇万円及びこれに対する平成四年五月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告の夫である訴外亡池内晋一(以下「亡晋一」という。)は、昭和六二年六月二八日、被告との間において、被保険者を亡晋一、保険金受取人を原告として、次のとおりの生命保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。
保険契約の名称
定期保険特約付普通終身保険
保険証券記号番号
二五九―三二三三六九
保険金・給付金
(主契約)
死亡保険金・高度障害保険金
五〇〇万円
(付加された特約)
定期保険特約 特約死亡・特約
高度障害保険金 三〇〇〇万円
災害割増特約 災害保険金
三〇〇〇万円
傷害特約 災害保険金
五〇〇万円
右災害割増特約及び傷害特約(以下、これらを「本件各特約」という。)は、不慮の事故による傷害を直接の原因としてその事故の日から起算して一八〇日以内に死亡したことを保険事故として死亡保険金を支払う旨の特約である。
2 亡晋一の死亡に至る経緯は次のとおりである。
(一) 亡晋一は、昭和五五年より訴外株式会社国際土木コンサルタント(以下「訴外会社」という。)に勤務し、土木設計業務に従事し、同年、原告と婚姻し、原告及び同人との間の二人の子及び実母の五人家族で居住していた。亡晋一は、生来健康で、中学、高校時代は山岳部に所属しており、特段の既往症はなかった。
(二) 亡晋一は、平成二年より訴外会社技術部構造課の課長職にあり、主に橋梁設計を担当し、複数の案件を担当し、発注元との協議、事前調査、業務計画書及び一般図の作成、詳細設計及び設計報告書の作成、仮納品、最終納品などの業務を遂行していた。
発注者との折衝は営業活動の要素をも含み、発注元の主観的要望を離れた客観的かつ合理性のある計画であることを確保しつつ、同時に発注元の要望に十分に沿った計画であることが強く要請され、そのバランスをとる必要がある。また、設計業務自体も高度に専門的知識を要求される複雑なものである上、発注元のほとんどが官公庁であることから、納期遵守が相当程度厳格に要請されていた。このように、亡晋一の担当していた業務内容は、過重な精神的負担をもたらす困難なものであった。
さらに、亡晋一は、同課の課員の指導・監督の一切をも委ねられていたのであり、そのことによる精神的負担も大きかった。
(三) 亡晋一は、平成三年一一月以降平成四年三月一四日に死亡するまでの間、合計一四件もの案件を担当していた。その中には相当困難なものもあり、また、内一〇件については、亡晋一の死亡前後の二週間内に納期が設定されていた。亡晋一の平成三年三月一四日から平成四年三月一三日までの一年間の総労働時間数は、三六五八時間五四分にも及んでおり、通勤時間にも往復約二時間四〇分を要するという状況であった。亡晋一は、右期間内に合計九一日の出張を行っており、その出張先は遠方も少なくなく、そのほとんど全てが日帰り出張であり、出張から直ちに会社に戻って勤務することも度々であった。また、亡晋一は、深夜帰宅した後も自宅で仕事をすることが度々あり、特に、死亡前一か月から二か月までの間は、少なくとも五、六回は、深夜にわたり午前三時ないし四時ころまで仕事をしていた。
(四) 亡晋一は、平成四年三月二日から同月一三日まで一日も休まず連続一二日間勤務した。その間の合計労働時間数は、約一六四時間一八分であり、一日平均一三時間四二分にも達する。右期間内において午後一〇時以降に労働した日数は九日であり、午後一〇時以降の労働時間数の合計も一二時間三八分にも達する。特に、死亡直前の一週間の総労働時間は九二時間一八分であり、一日平均一三時間一一分に達する。また、亡晋一は、同月八日には、午後一一時ころ帰宅した後、食事を挟んで翌日の午前三時三〇分ころまで自宅で仕事を行っていた。
(五) 亡晋一は、同月一三日、午前一時一五分ころ帰宅し、同七時五五分自宅を出て、同九時一五分出社し、同一〇時前後に自ら担当する設計業務の納品のため名古屋市内へ出張し、同日午後一時三〇分より発注元である愛知国道工事事務所との打合わせに出席した。ところが、亡晋一は、右打合せの席において、当該設計案件の管理技術者が同席していないことについて、発注元担当課長から強く叱責され、同日には納品は受けられない旨の対応を受けた。亡晋一は、右担当課長との対応にかねてから悩まされていたところ、右のような全く理不尽ともいうべき叱責によって、その精神的緊張は、それまでの過酷な業務による精神的・肉体的負担とも相まって極度に高まった。亡晋一は、同二時ころ会社に連絡を取り、急遽、右管理技術者に名古屋まで赴いてもらうこととしたが、右管理技術者が到着するまでの四時間余り昼食もとらずに待機するという異常な緊張状態に置かれ、さらにその精神的・肉体的負担が増幅した。
(六) 右管理技術者が同五時一五分に右事務所に到着したことにより、直ちに打合せが再開され納品手続が一応完了した。亡晋一は、同日午後六時ころ名古屋駅の新幹線ホームにて立ち食いそばを食べ、東京に戻ってからも、右名古屋での出来事により余計な時間を費やしたことから、担当業務を納期に合わせるべく訴外会社でさらに仕事をした後、同九時三〇分ころ退社、一〇時五〇分ころ帰宅し、食事の後三〇分ほど入浴し、その後二〇分ほどマッサージを受け、同月一四日午前一時ころ就床した直後に発作を起こし、直ちに救急車で自宅近くの病院に搬送され手当を受けたが、同日午前二時二八分、急性心不全により死亡した。
3 次に述べるとおり、亡晋一の直接の死因は、急性心筋梗塞である。
(一) 亡晋一には既往症はなかった。
(二) 亡晋一の死亡は、いわゆる瞬間死であり、この場合、通常は、脳あるいは心臓に一時性の急激な疾患が生じたと考えられるが、死後撮影された頭部CT撮影には異常がないことから、右は脳疾患ではなく心疾患であると考えられる。
(三) 心臓の一時性の急激な疾患としては、心筋梗塞、不整脈及び解離性大動脈瘤破裂が考えられるが、死後撮影された胸部写真の所見に大動脈解離はなく、胸痛の訴えもなかったことから解離性大動脈瘤破裂は除外され、不整脈も感冒症状が先行していないこと及び過去の心電図から否定される。
(四) 死亡した病院の医師の所見も突発性虚血性心疾患であり、急性心筋梗塞死に合致する。
4 亡晋一は、過重労働の積み重ねにより軽度の冠状動脈硬化症に罹患していたものと考えられるが、亡晋一には狭心症等の症状が全くなく、検査結果にも異常がないことから、右動脈硬化症は軽度のものであり、右硬化の自然の経過により右急性心筋梗塞が発生したものではない。また、亡晋一には、他に急性心筋梗塞を発症せしめる身体的素因は存在しなかった。したがって、亡晋一は、死亡前一二日間における過重労働による肉体的・精神的負担を下地に、死亡前日における前記異常な出来事による肉体的・精神的負担が引き金となり、血栓形成機序の亢進、動脈硬化層(粥腫)の破裂などの機序が急激に進展し、冠状動脈の閉塞が発生したことにより、自然的経過を越えて、かつ突然に急性心筋梗塞を発症したものである。
5 以上の経過によれば、亡晋一の死亡は、急激かつ偶発的な外来の事故、すなわち不慮の事故によるものである。
6 原告は、平成四年五月一五日、被告に対し、亡晋一の死亡とその死亡が不慮の事故によるものであることを理由として、本件保険契約に基づく保険金の支払を請求した。
被告は、原告に対し、主契約の死亡保険金・高度障害保険金五〇〇万円と付加された定期保険特約の特約死亡・特約高度障害保険金の三〇〇〇万円の合計三五〇〇万円を支払ったものの、本件各特約に基づく合計金三五〇〇万円の災害保険金を支払わない。
よって、原告は被告に対し、本件保険契約上の本件各特約に基づき、合計金三五〇〇万円の災害保険金及び保険金請求の日である平成四年五月一五日から五日を経過した同年五月二〇日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1及び6の各事実は認める。同2のうち、亡晋一が、平成四年三月一四日急性心不全により死亡したことは認め、その余の事実は不知。同3及び4の各事実は不知。同5は争う。
三 保険事故に関する原告の主張
亡晋一の死は、本件各特約の約款(以下「本件約款」という。)が保険金支払事由として規定する「不慮の事故」による傷害、すなわち、「急激かつ偶発的な外来の事故」による傷害を直接の原因とするものである。
1(一) 生命保険に付加された災害割増特約及び傷害特約の「不慮の事故」は、従来は「偶発的な外来の事故」と定義されていたところ、「不慮の事故」の意味を明確にするため、昭和五八年四月二日、「急激かつ偶発的な外来の事故」とされたものにすぎず、これによって「不慮の事故」の解釈が異なるものではない。また、どの程度の時間的幅をもって「急激」というのかも明らかではなく、実際上も、有毒ガスや放射線の害毒、日射病などによる死亡など、発症に至るまで一定の時間経過を経る場合が、保険の対象外となってしまうことは妥当ではない。
したがって、本件約款に定める急激性の要件は、「不慮の事故」該当性の判断において、本質的なものではないというべきであるが、亡晋一の死は、死亡前日に突発的に発生した、極度の精神的緊張を伴う著しく過重な業務の結果惹起されたものであり、これは原因から結果にいたるまで、時間的に切迫しており、急激に発生した不慮の事故に該当する。
(二) 偶発性は、傷害が①偶然な原因の自然な結果として生じる場合(原因の偶然性)と、②自然な原因の偶然の結果である場合(経過・結果の偶然性)とを意味する。
亡晋一の死は、①過重労働及び死亡前日に発注元から叱責されるという異常な出来事そのものが亡晋一にとって予期不能であり、原因の点で偶発的であると共に、②その結果たる死亡が予期不能であったという、経過・結果の点からも偶発的であった。
被告は、偶発性とは、ことの結果が被保険者の意思に基づかず、かつ、通常予期し得ない原因によって生じることであり、亡晋一の死は偶発の事故によるものではない旨主張するが、これは、原因の偶発性のみを想定しており狭きに失し、かつ、亡晋一のおかれていた労働環境及び社会的状況の評価を誤ったものである。
(三) 外来性は、必ずしも外傷による死亡に限られるものではなく、被保険者の身体からみて外部の作用によるもの全てを含むものである。亡晋一にとって、過重労働及び死亡前日の異常な出来事並びにこれらによる肉体的、精神的負担は、業務遂行上不可避的に課せられたものであって、同人の身体の外部からの作用によるものに外ならない。
2(一) 被告は、亡晋一の死亡が、本件約款が引用する昭和五三年一二月一五日行政管理庁告示第七三号に定められた分類項目(その内容については、「厚生大臣官房統計調査部編、疾病、傷害および死因統計分類提要」(以下「分類提要」という。)昭和五四年版によるものとされている。)に該当しない旨主張する。
しかしながら、右分類項目中には、「その他詳細不明の環境的原因および不慮の事故」との項目が設けられており(E九二八)、さらにその項目中には「その他」(E九二八・八)との項目があり、亡晋一の死亡はこれに該当する。
また、仮に亡晋一の死亡が右分類項目に該当しないとすれば、本件約款中、不慮の事故を定義規定する部分は無効である。なぜならば、分類項目の内容をなす分類提要の細目については約款上明示されておらず、分類提要の全ての内容を一般の保険契約者が知ることは実際上困難であり、かような約款以外の資料の引用によって保険金支払事由の範囲を限定しようとすることは許されないからである。
(二) 従前の傷害特約及び災害割増特約にかかる約款(以下「旧約款」という。)は、本件特約に係る保険給付対象となる不慮の事故とは、偶発的な外来の事故で、かつ、昭和四二年一二月二八日行政管理庁告示第一五二号に定められた分類項目中下記のものとし、分類項目の内容については、分類提要昭和四三年版によるものとして、一七項目の分類項目を引用し、その一三番目には「その他不慮の事故」を掲げ、これについては、「過労及び激動(E九一九)中の過労」は除外する旨規定していた。
これに対し、本件約款は、保険給付の対象となる不慮の事故とは、急激かつ偶発的な外来の事故で、かつ、昭和五三年一二月一五日行政管理庁告示第七三号に定められた分類項目中下記のものとし、分類項目の内容については、分類提要昭和五四年版によるものとして、二〇項目の分類項目を引用し、その一六番目には「その他不慮の事故」を掲げているが、これについては、旧約款に存した、「過労及び激動(E九一九)中の過労」を除外する旨の規定に代わって、「努力過度および激しい運動(E九二七)中の過度の肉体行使、レクリエーション、その他の活動における過度の運動」を除外する旨の規定に改められている。右「努力過度及び激しい運動」に包含されるのは、マラソン、ボート漕ぎ、重量挙げ、重い物体の持ち上げ等の純粋に物理的な、かつ自発的な肉体行使の例であると解釈すべきであるから、自己の意思に反する過重労働による過労は、純粋に物理的なものでも、また自発的なものでもなく、右「努力過度及び激しい運動」には含まれない。
このように、旧約款が、過労によるその他不慮の事故を、保険給付の対象となる「不慮の事故」から除外していたのに対し、本件約款は、過労による不慮の事故をも右「不慮の事故」として認めているものと解すべきである。
3 保険金支給事由及び免責事由についての保険約款の解釈に疑義がある場合に、保険契約者に不利に類推又は拡張して解釈することは許されない。
4 東京労働者労働災害補償保険審査官は、平成八年六月二五日、亡晋一に発症した心筋梗塞は、業務による明らかな過重負荷を受けたことにより発症したものであり、これは業務に起因することの明らかな疾病である旨認定し、池袋労働基準監督署長が平成六年一〇月一一日に行った労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料に関する不支給処分を取り消す旨の決定をなした。池袋労働基準監督署長は、同決定を受けて、同年七月一八日、原告に対して遺族補償年金の保険給付を行うことを決定した。
このように、亡晋一の死亡は労働災害と認定されたのであるから、これは必然的に「不慮の事故による傷害」を直接の原因とするものにも該当する。
四 右に関する被告の主張
1 亡晋一の死は、急性心不全という疾病によるものであるから、「傷害」によるものであるとはいえず、また、次のとおり、「不慮の事故」すなわち「急激かつ偶発的な外来の事故」による傷害によるものであるということもできない。
(一) 急激性は、原因から結果に至る過程において、結果の発生を避け得ない程度に急迫した状態を意味するものであり、慣性、反復性、持続性の強いものについては急激性は認められない。過労死は、ある一定の期間における過重な労働の積み重ねを原因とするものであるから、これに急激性を認めることはできない。
原告は、急激性の要件は、「不慮の事故」該当性の判断において本質的なものではない旨主張するが、急激性の要件が加えられたのは、「不慮の事故」の概念をより一層明確にするためであり、これを軽視すべきでない。
(二) 偶発性は、ことの結果が被保険者の意思に基づかず、かつ、通常予期し得ない原因によって生じることであるところ、亡晋一は、自らの意思に基づいて業務を遂行していたものであり、仮に過重労働をしていたとしても、それによる疲労は亡晋一が自覚していたはずであるから、偶発性は認められない。
(三) 外来性は、外部からの有形力又は作用が加わることを意味するのであるところ、亡晋一には外部から有形力を加えられた形跡がないので、外来性は認められない。
原告は、長時間労働及び過密労働による肉体的及び精神的負担は、外部からの作用に他ならないと主張するが、労働は、それが長時間であろうと過密であろうと本人の意思に基づいて行われているものであり、外部からの有形力その他の作用によってなされたものでないことはいうまでもない。
2 本件約款の保険金給付除外事由である、分類提要昭和五四年版の「努力過度および激しい運動(E九二七)中の過度の肉体行使」に過労死が含まれることは文理解釈上明白であり、厚生省大臣官房統計情報部の見解でもあるから、亡晋一の死が原告主張の経過を経たものであるならば、同人の死は、右「過度の肉体行使」に該当し、したがって、本件約款上の保険給付の対象たる「不慮の事故」からは除外されるものである。
原告は、旧約款は過労によるその他不慮の事故を、保険金給付の対象たる「不慮の事故」から除外していたが、本件約款にはかかる除外規定がなく、本件約款上の「努力過度」と「過労」とは異なるのであるから、本件約款は過労によるその他不慮の事故を右「不慮の事故」として認めている旨主張する。
しかし、右約款の改正は、世界保健機関(WHO)発行の「国際疾病分類(ICD)」の改正に伴うものであって、改正の前後で表現に若干の違いはあるものの、その内容は全く差がなく、本件約款の「努力過度」ないし「過度の肉体行使」には過労も含まれると解されるのであるから、本件約款は過労によるその他不慮の事故を右「不慮の事故」と認めたものであるということはできない。
3 原告主張の労災補償保険における業務起因性の判断は、本件各特約における「不慮の事故」該当性の判断とは無関係である。
第三 証拠関係
訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の各記載を引用する。
理由
一 請求原因1の事実は、当事者間に争いがなく、甲第二号証によれば、本件約款は、その別表1において、「対象となる不慮の事故とは、急激かつ偶発的な外来の事故(ただし、疾病または体質的な要因を有する者が軽微な外因により発症しまたはその症状が増悪したときは、その軽微な外因は急激かつ偶発的な外来の事故とはみなしません。)で、かつ、昭和五三年一二月一五日行政管理庁告示第七三号に定められた分類項目中下記のものとし、分類項目の内容については、「厚生省大臣官房統計調査部編、疾病、傷害および死因統計分類提要、昭和五四年版」によるものとします。」と規定し、右下記のものとして、右分類項目の中から鉄道事故、自動車交通事故など不慮の事故に当たるものを二〇項目選んで掲記し、それぞれについて右分類提要の基本分類表番号を付記し、更にその中の一部について適用除外を定めていることが認められる。
二 原告は、亡晋一は、死亡前一二日間における過重労働による肉体的・精神的負担に加え、死亡前日の異常な出来事による極度の肉体的・精神的負担を主因として惹起された急性心筋梗塞により死亡したもので、亡晋一の死亡は「不慮の事故」に該当する旨主張するので、以下検討する。
1 本件約款の規定によれば、本件各特約に基づく保険給付の対象となる「不慮の事故」とは、①事故の急激性、偶発性及び外来性のいずれの要件をも充たし、かつ、②前記分類項目のいずれかに該当するものと解することができる。
2 ところで、事故の急激性とは、事故から結果(傷害)の発生までに時間的間隔がなく、事故の通常の経過に際して被保険者が傷害事故の結果を自己への作用の瞬間にもはや回避し得ないような状況にあることをいうものと解すべきであり、事故が漸進的・反復的作用によるものであるときには、被保険者がその毀傷的な結果を予見し回避することが可能であるから、急激であるということはできない。
約款文言をこのように解することは、言葉の通常の用法に合致するものであって、原告の主張するごとく、これが平均的顧客の理解に反し、また、約款作成者に利益な解釈であるということはできない。
3 不慮の事故による傷害は、右の「急激」かつ偶発的な外来の事故により身体傷害を被ることであり、いわゆる外傷に限定されるものではなく、あらゆる身体的完全性の毀損がこれに当たり、敗血症、凍傷、日射病、中毒、窒息のほか、原告が亡晋一の死亡原因であると主張する急性心筋梗塞等の疾病も右「傷害」に含まれることがありうる。しかし、これを惹起した過重労働は長時間の持続的・反復的作用として進展するものであり、いかなる手段を尽くしても避け得ないといった急迫性を有するものではないから、過重労働による死亡は、事故ないし事故の作用が急激に生じた場合には当たらないというべきである。また、原告は、亡晋一が死亡前日に発注元から強く叱責されたことをもって異常な出来事があった旨主張するが、そのような事態は通常ありうることで、異常な出来事とはいえない。原告の主張によれば、亡晋一は右経過を経て、過重労働に起因する急性心筋梗塞により死亡したものというのであるから、亡晋一の死亡は、右急激性の要件を欠き、本件各特約上の「不慮の事故」には当たらない。
原告は、急激性の要件は、「不慮の事故」該当性の判断において、本質的なものではないと主張する。しかしながら、従前、生命保険契約における傷害特約及び災害割増特約の約款文言に急激性の明記がなかったのは、「事故」の語には急激性の要素が当然含まれているものと一般に解されていたためであり、一方、現行約款においては、解釈上の疑義を避けるため、急激性の記載が明文で付加されているのであるから、右要件を考慮する必要がないとはいえない。本件約款において、ガス等による中毒が不慮の事故とされているのは、急激性の要件を不要とする趣旨ではなく、右中毒による死亡についても、急激性の要件を充たした場合にはじめて保険金が支払われるとする趣旨であることはいうまでもない。
4 原告は、旧約款は「過労および激動(E九一九)中の過労」を保険給付の対象たる「不慮の事故」から除外する旨規定していたが、本件約款では、右規定が、「努力過度および激しい運動(E九二七)中の過度の肉体行使、レクリエーション、その他の活動における過度の運動」を除外する旨の規定に改められており、右「努力過度」と「過労」とは異なるのであるから、本件約款は、過労を「不慮の事故」として認める趣旨に出たものである旨主張する。
分類提要は、元来は医学上の目的のために作成され、世界保健機関(WHO)の勧告に基づき、厚生大臣の諮問機関である厚生省統計協議会の答申を得て定められたもので、国際疾病分類(ICD)に基づいてこれを和訳したものを主体とし、これに厚生統計協議会の第四部会において必要と認められたものを追加した分類を掲載したものである。そして、旧約款が引用していた昭和四三年度版から本件約款が引用する昭和五四年度版への分類提要の改正は、昭和五〇年の右国際疾病分類の改正に伴うものであり、その文言を引用する関係から約款の文言も変更されたにすぎないことが明らかである。したがって、右約款の改正が、原告主張の過労死を不慮の事故に含ませる趣旨に出たものということはできず、かつ、そのような事実を認めるに足りる証拠もない。
5 原告は、労災認定基準の見直しにより、亡晋一の死も業務起因性が肯定される事案であることからも、これが右「不慮の事故による傷害」に該当することは明白である旨主張する。
しかしながら、労働災害補償保険法は、労働者の権利保障という社会保障的見地から、業務上の災害について特に労災補償保険の対象とするものであり、労働者ではなく使用者が保険加入者となって保険料を負担し、しかも一定範囲の事業については加入が強制されているのに対し、私保険契約は、個々の契約者の自由意思により、危険の分散を目的として締結されるものであって、両者は全く目的、機能を異にする制度である。
平成七年二月に労災認定基準が改正されたのは、過労死が重大な社会問題となっているにもかかわらず、これに対する適当な補償制度が存在しないことから、これを右のとおり労働者の権利保障を主眼とする労働者災害補償保険法の保護の対象とするのが最もふさわしいと考えられたことも一理由となっており、労災認定においては、過重負荷と業務との関連性、過重負荷の質的量的過重性、過重負荷から死亡までの時間的間隔等により、当該疾病が業務による明らかな過重負荷を受けたことにより発症したものか否かが判断されるものである。一方、生命保険契約の傷害特約及び災害割増特約における「不慮の事故による傷害」該当性の判断に当たっては、前示認定のとおり、事故の急激性、偶発的、外来性の要件充足性が問題とされるのであり、両者の判断構造は全く異なる。以上の次第で、業務起因性が肯定されるような過労死が、傷害特約及び災害割増特約の保険給付の対象から除外されることには相当の理由があるものと考えられる。
したがって、原告の右主張はいずれも採用することができない。
三 以上のとおり、原告の請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官長野益三 裁判官玉越義雄 裁判官名越聡子)